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JID50周年記念シリーズ「幸運に恵まれて」

 それは、金地に赤い太陽の表紙「JID創立30年史」を、2枚めくった中段'61に、私の3番目の創作椅子ニーチェアK2を、大きく載せて頂いた事に始まります。

 大正9年生まれで、祖父の骨董商ながら明治初年創業の剣道具屋の三代目が、戦後GHQに剣道を禁止され、やむなく徳島県職業補導所で半年大工を習い、復興家屋の建具や配給のパンケース等作っていたものです。
 それが小さい時から全国でも稀な、自ら面甲手、胴、垂を手作りする、超器用な親父を見習ったお陰か、現物は見たこともなく映画や雑誌で知った、如何にもハイカラで便利そうなディレクターチェアを試作、これからは椅子が一番と嵌まって行ったものでした。

 昭和32年頃でしたか、K2は通商産業省の輸出雑貨発掘に来られた芳武茂介先生と彫刻家の植木茂氏の目に留まり、髙島屋のグッドデザイン商品となり、‘62にはソニーのトランジスタラジオと共に大阪デザインハウス賞を得て、初めてロンドンやメルボルンに輸出できたものです。
そしてK2などの簡単ながら有効な座席構成が、それまで世界にも無い新発見と確信、合成皮革をキルティングしたものや、ロッキング等造っていた時です。大阪万博の‘70、後にGマーク商品でもロングライフデザイン賞を獲得したニーチェアXが思わず出来ました。

 それは当時ディレクターチェアの交差した脚枠に、如何に人間工学に即すると言われる前述の座席を載せるかでありましたが、それも幸運に、かつてない肘木の扇状枘穴による脚との簡易連結方法を発見、先日も東京の友人から新装なったMoMAにポルシェのスポーツカーと共に展示されていると知らされたものです。

しかしながらXは、昭和56年柳宗理氏のバタフライスツールと一緒に中3美術教科書に載ったものですが、前に「日本の木の椅子」に書いた“近所でも役立つ程の著作椅子”には程遠く、‘05‘06の年賀葉書のシンプルで抜群の座り心地の物を、中国ででも自転車のように、1万円以下に仕上げ、世界の津々浦々で使ってもらえるよう夢見るものです。

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